子どもの本質を見定めて
子育てをしていれば、子どもの本質はある程度、見えてくるもの。親が子どもの本質を知り、今回のように大失敗をする前に、アドバイスをするのは大事なことだと思います。
例えば、子どもが起業してみたいという希望を持っていたとしましょう。小さいときからなんでも一人でやりたがって自立心のある子ならば、できあがった組織の中に入るより、起業が向いているかもしれません。そういった子はバイタリティに溢れ、転んでも自力でなんとかしていくものです。
けれども、親から見て「この子は起業や独立は向かない。勤め人のほうが合っている」と思うならば、ハッキリとそう伝えてあげてください。ひとつのところに腰を据えたほうが、落ち着いて物事に取り組めるタイプの子もいます。そんな子は組織に所属して、地道に仕事をしていくほうが向いているでしょう。
住む場所についても、必ずしも実家を出ていくべきとは限りません。親元にいるほうが子どもにとっていい場合があります。同居していても経済的、精神的に自立することは可能ですし、社会人になったらみんな親と別居するものだと決めつけなくていいのです。過干渉と思われるかもしれませんが、子どもの本質を見定め、よりよい道を示し、アドバイスをしてあげるのが親の役目と心得て。
それでも子どもが「やる」と言い張るのであれば、仕方がありません。人には転ぶ権利がある。今回のようにやってみて失敗するというのも経験ですから、可能な範囲で立ち直りをサポートしてあげましょう。
またテーマに立ち戻れば、引きこもりから脱し自立することが理想ではありますが、結果的にそうできなかったとしても、ダメな人生だというわけではないことも申し上げておきます。人が一生でできることはそう多くはありません。自立して仕事をして、お給料がもらえて……というのはあくまで物質的な成果。そんなふうに成果主義に従って生きることだけが、人生の幸せだと言えるでしょうか。
では、実際に子どもの引きこもりが続く場合、どうすれば親子にとってよりよい道となるのか。親の体力や経済力、何より子どもの状態や、性質がケースにより違うため、残念ながら、唯一の明確な正解はありません。
教育とは「教え育てる」ものではなく、「教えを育む」もの。まずは子の本質を見極めることを念頭に置き、その後は「これが正しいのかな」「それとも、こうするべきかな……」と、親子が互いに悶々としながら、答えを見つけ出していくしかないのです。前に進んではちょっと戻り、またちょっと前に進む。それを繰り返しつつ、親子が向き合いながら、少しずつでも成長していくことを目指す。それが、生きるということではないでしょうか。






