奉公に出たり日雇いをしたりして得た貨幣収入

それだけではない。先述の米換算高には繭・生糸・実綿・小豆・粟・野菜などの農産物や酒などの農産加工品は含まれていない。奉公に出たり日雇いをしたりして得た貨幣収入なども含まれていない。

それらも加えた百姓の総所得に占める年貢の割合はさらに低くなる。このように、年貢率算定の際の分母となる村高が農業生産額や百姓の所得額より過少なため、形式年貢率が高くなっているのであり、実質年貢率はそれよりかなり低い。これは川中島平の村々に限らず、全国の多くの村々についてもいえることである。

もう一つ、具体例をあげよう(3)。大和国吉野郡田原村(現奈良県宇陀市大宇陀田原)には、文化4年(1807)の全世帯41軒分の世帯収支報告書が存在する。

それによると、村全体でみた場合には、年貢を主体とする「上納・小入用」(以下、年貢とする)が村の総収入に占める比率(実質年貢負担率)は31.3パーセントだった。年貢をきっかけに生じた借金も加えると、総収入の51パーセント余になる。

(3) …木下光生『貧困と自己責任の近世日本史』人文書院、2017年