江戸に出て暫くは、あちこちを転々としましたね。あまりよく覚えちゃいませんが。生国と違って風が乾いて、土埃が多いと感じたのは記憶に残っています。その土埃に目をやられて、医者にかかったのも覚えてますよ。目の奥がちくちく痛んで、涙が止まらなかったこと。末音が治療してくれたけれど治らなかったこと。痛みが日に日に強くなっていったこと。これらは、はっきりと覚えていますね。ふふ、そりゃあ、ろくな薬もなかったのですから、如何(いか)な末音でも治すのは難しかったでしょう。
でも、医者の治療を二月近く受けて、良くなりました。ええ、何の障りもなく完治しました。医者の腕は相当なものだったようです。
それから一月が経ったころ、あたしたちはようやく一カ所に落ち着きました。
落ち着いた場所が、米沢町。
ええ、そういうことですよ。惣名主。
米沢町の外れの路地。その路の突き当たりの小さな仕舞屋(しもたや)が、あたしたちの家になりました。もう旅籠や長屋を渡り歩かなくて済むと、あたしは喜んではしゃぎ回っていたとか。その家がまだ造作して間もなくて、畳の香りも木の香りも存分にしていたことが、余計に嬉しかったのでしょう。藺草も檜も好い香りがしますからね。
それに、家の後ろが竹林になっていたのです。ええ、今住んでいる家と同じですよ。ただ、今の家ほど深い竹林じゃござんせん。そうですね……十二、三本といった程度だったでしょうか。それでも風が吹くと鳴りました。ザァザァと生国の海鳴りに似た音を立てて揺れていたんです。そしてね、庭が付いていました。路地の奥だけれど、高い塀や壁に囲まれていなかったおかげで、日当たりは悪くなかったのです。なので、庭木たちも貧弱なりに綺麗な緑の葉を茂らせていました。そうそう紫陽花(あじさい)が二株、庭の隅に植わっていましたね。
どちらも青紫の見事な花を付けましたよ、毎年。
「毎年……」
甲三郎が呟き、刹那、おゑんに目を向けた。
声も眼差しも、あるかなしかの問い掛けを含んでいる。
おゑんも僅かに頷いた。
「ええ、この家で何年間も、暮らしたんですよ。ある意味、あの仕舞屋で過ごした日々はこれまでのあたしの人生の中で一番、穏やかで、静かであったかもしれませんねえ」
「それは似合いませんな」
湯呑を手に平左衛門が言った。今日の空模様を語るような口調だった。
「似合わない? 何がです」
「穏やかで静かな暮らしが、ですよ。先生には似合いません。うちの番頭が振袖を着て通りを歩いているようなものですな」
「まっ」
川口屋の番頭のでっぷり肥えて頬の弛んだ顔を思い出し、吹き出しそうになる。肥えて弛んでいるのは外見だけで、目付きも頭の中身も鋭い男だ。川口屋の番頭を務めているのだから、柔いわけがない。おそらく、歌舞伎姿が最も似合わぬ類だろう。そういう男にきらびやかな振袖を着せれば……想像しただけで、四半刻は笑える気がする。
川口屋平左衛門は、時折、こんな冗談をさらりと口にする。そういうとき、ふっと、この老人は機知に富んだ愉快な好々爺ではないかと、とんでもない思い違いをしそうになる。
本当にとんでもない思い違いだ。
「惣名主、その譬(たと)えは些か酷うござんすね」
「いや、それほど先生には、穏やかな暮らしは似つかわしくないと、そう申し上げたかったのですが……確かに、良い譬えではありませんでしたな。でも、本音は本音です。先生は、緩やかな浅瀬ではなく急流や渦巻きの中を泳ぐのがお似合いですよ、なあ、甲三郎」
「は? あ……へえ」
「何だ、何をぼんやり考え込んでいた」
「いや、先生でも目が痛くて泣いたり、嬉しくてはしゃぎ回るようなところがあるんだなと、不思議な心持ちになってやした」
甲三郎が真顔で告げる。
「まぁ、何を言ってるんです。昔の話をしてるんじゃないですか。あたしだって、肩上げをしていたころも、娘のころもありましたよ。今の形(なり)で生まれてきたわけじゃござんせん」
「そりゃあそうですが……すみません」
甲三郎が真顔のままで、ひょこりと頭を下げる。それはそれで、また、おかしい。
傍から見れば、気が置けない仲の三人がなにやら楽しげに語らっているとでも、思えるかもしれない。傍から見ることと現の姿の間には、いつだってズレができる。その幅は、ほんの数寸に過ぎないこともあるし、大川の両岸よりさらに隔たっていることもある。
そういうものだ。
「それでは、一時の穏やかな暮らしの後に、どんな嵐に見舞われたのです、先生」
湯呑を置き、平左衛門がおゑんを見据えてきた。
「母が死にました」
惣名主の眼差しを受け止め、答える。
母が死にました。
越してきてから二年足らずだったでしょうか。
腹に子を宿しておりました。その子を産み落として間もなく、息を引き取ったのです。母親より先に嬰児も亡くなっておりました。男の子でした。あたしの弟です。月足らずで生まれたので、哀れなほど小さくて、とても軽くて……。産声さえちゃんと上げられず、徐々に息が細くなり、やがて絶えました。
この世で生きたのは、ほんの二刻ばかりの間でしたっけねえ。
ちょっと余分ごとになるかもしれませんが、弟はあたしと末音が取り上げたんです。ええ、産婆の代わりをしたんですよ。
惣名主も甲三郎さんもとっくに気が付いておいででしょうが、母は男に囲われておりました。男に囲われ、小さな仕舞屋を与えられ、生きていたのです。江戸の片隅でひっそりと、ね。そして、囲っていたのは医者。あたしの目を治療してくれた医者です。町医者ではありましたが高名で、患者は裕福な相手が多かったようです。金はふんだんに持っておりましたねえ。
え? 名ですか。いえ、隠すつもりは毛頭ござんせん。ああ、惣名主なら、もしかしたら名ぐらいは聞いた覚えがおありかもしれませんね。
龍堂(りゅうどう)、日野龍堂という医者でした。おや、この名前、やはりお頭の隅に引っ掛かっておりましたか。思い出された? そうですか。名だたる大店、分限者、お大尽がずらりと患者に連なっておりましたからね。でも、疾(と)うに亡くなりましたよ。病死とも自死とも言われておりましたが、あたしは殺されたと思っております。
(この章、続く)












