20年前、納得できる答えを出せたなら――。死期が近づいたお母様に何度も聞かれた問い。以来、学びを重ね、自問自答を繰り返さずにいられなかった、女優・秋吉久美子さんの胸の内は。(構成:丸山あかね 撮影:大河内禎)
女優になった娘ではなく
妹は「お母さんはお姉ちゃんには甘かった」と言うのですが、甘いというよりも、たしかに私と母の絆は強固なものでした。
私が5つのときに、父とたわいのないことで喧嘩をした母が家を出ていく支度をしていて、それを私はせっせと手伝ったのです。母が本気でないことは想像できたし、理不尽な父にはお仕置きが必要だと感じていました。
早熟だった私は母の相棒であり、何でも話せる親友のような存在。もっといえば長男のように頼れる存在だったのではないでしょうか。人の悪口を言ったり、人を疑ったりすることのなかった純真な母のことを、あの日から、私はいつも守ってあげたいと思って生きていました。
その母を失ったという悲しみは、時とともに次第に薄れていきました。でもそれとはあべこべに、後悔という心の痛みは強まるばかり。
私は母の何を知っていたのだろうか。母の期待に沿えない娘だったのではないだろうか。そんなことを考えているうち、そういえば母は私が女優になったことを喜んではいなかったなぁ、などと思い返したりするのです。
自分で言うのもナンですが、私は幼稚園から高校まで優等生でした。周囲の人から「どうすれば久美子ちゃんのような子に育つのでしょうか?」と訊かれた母の嬉しそうな様子も覚えています。