気もそぞろ

その後、私はデスクトップのパソコンに向かい、仕事を続けた。が、ベランダとリビング、廊下、玄関を行き来するスタッフの気配を背中に感じつつ、気もそぞろ。仕事の内容はまったく入ってこない。

無音もどうかと思いSpotifyで、ジャズをかけてみたり。

当日の朝はサッカーワールドカップの決勝だったので、会話の糸口になるかもしれないと、テレビをつけてみたり。

何度もお茶を汲みに冷蔵庫へ向かったり。

イメージ(写真提供:Photo AC)

家主なのに与えられたスペースで小さく、ひとり右往左往。スタッフはどんどん作業を進めていく。(やっぱり肉体労働の男性はいいよな……)若い頃、大工と結婚してジャーポットの弁当を作る専業主婦にあこがれていたことを思い出した。いまでは異性の趣味にその片鱗も見当たらないが。

(ス)「コンセントの位置が以前と変わってしまうんですけど、いいですか?」

(私)「あ、賃貸なんで、私の家じゃないんで大丈夫です(笑)」

(私)「エアコン、以前はDAIKINだったのに、今回はHITACHIなんですねえ」

(ス)「管理会社さんが決めるので……新しくしたら涼しいと思いますよ」

作業にかかった2時間内に交わした会話は些細なもので、彼は終始「ぶおーん」とファンの音を立てながら、会話を聞きづらそうにしていた。

「ありがとうございました。これで取り付け完了です」

私の仕事はなにも進まないまま、スタッフは己の仕事をサクサクと終えた。帰り際、どこかの打ち合わせでもらって冷やしたままになっていたペットボトルのお茶と、湯上がりに食べる予定だったアイスを渡すとうれしそうにしていた。

ひとりになり、冷え冷えとした部屋でふと思った。たまたまの来訪者がちょっと格好良かっただけで、瞬間的に(心の中で)嬉々とできるなんて、おばさんはなんてコスパがいい生き物なのだろう。そして私はいつからこんなことで心拍数をあげてしまう女に成り下がったのだろう。悔しさ半分、うれしさ半分とはこのことか。

(いい練習になったわ)

先日、仕事仲間と呑みながら「夏だし、恋したいよね」と話していた矢先の事件は、さしずめ恋のクラウチングスタートだろうか。お盆明けにバスルームの電球をLEDに取り替えるため、また管理会社から業者が派遣されてやってくる。過度な期待せず、せめて化粧だけはしておくか。

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