
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!
六
梅雨(つゆ)でもあり、パチンコパーラーの店内は蒸し暑かった。
そこここに置かれた扇風機は、涼を送るでもなくただ、湿気と濃密な紫煙を掻きまわしている。無数の玉が打ち放たれ、釘にぶつかる金属音は騒々しい。背広、浴衣(ゆかた)、ステテコに腹巻、真新しい学生服、占領軍の倉庫から流れた中古の軍服、着古した国民服などなどの背中がびっしりと並び、その肩はときにがっくりと落ち、あるいは歓喜に震えている。
松原も、パチンコ台に向かってひたすら右の親指を動かしている。
レバーを押し下げて放すと、ばねの力で飛び出した銀の玉が湾曲したレールに沿って盤上まで一気に駆け上がる。やがて玉は重力に抗う力を失い、あちこちの釘に軌道を変えられ、あるいは誘導されながら落下してゆく。
レバーで威力を加減しながら何度も打つ。やがて、放った玉は花の形をした入賞口にうまく滑り込んだ。たぶんぴったり一〇個、賞品の玉がジャラリと小気味よい音を立てて吐き出される。
「どうだ、面白いだろう」
くわえ煙草のまま松原が振り向くと、「なにが面白いものか」と不機嫌そうな声が返ってきた。
「もういいだろう。そろそろ出ないか」
背後に立っていた内海の姿に、松原は吹き出しそうになる。
「松原、貴様を呼び出したのは俺だが、どうしてこんな場所を待ち合わせ場所に指定したのだ」
「しかめ面を常時、崩さない真面目な内海くんを、いちどくらい品のない場所に連れ出してやりたかったのだ。思った通り、まことに似つかわしくないな」
後ろに撫でつけた長髪、鋭い眼光と角ばった精悍な表情、しわひとつない背広。隙のない内海の見てくれも、パチンコパーラーの中ではいかにも珍妙だった。松原もいちおう、文官というか役人らしく背広を着てはいるが、手入れはほとんどしておらず、上司や同僚が眉をひそめるほどにはくたびれている。
「玉が増えた。もう少しだけやらせてくれ」
「外で待っている」
ぷいと顔を背けて内海は姿を消した。松原は煙草を手元の灰皿に押し込む。くいくいとレバーを弄んでさっさと玉を使い切り、席を立った。上ずった笑い声や悲痛な溜息を掻き分けて外に出ると、景気づけで電灯を大量にぶら下げていた店内よりも薄暗い。空は梅雨らしい灰色の雲にけむっていて、空気も自動車の排ガスに淀んでいた。
「パチンコなど子供の遊びではないか。軍人のたしなみではない」
並んで歩き出した早々、内海は言った。
「いまの俺は海上保安庁の職員だ。設置法にも、軍隊ではないと明言してある。それはともかく最近の、とくに今年に入ってからのパチンコはすごいのだぞ」
すらすらと松原は説明を始める。
これまで、パチンコ盤の釘は規則正しく、言い換えれば何の意図もなく漫然と釘を並べていた。いまは玉を入賞口へ導き、入るか入らないかという絶妙な軌道を描くよう、巧妙に配置されている。これまで偶然に頼っていた入賞は人間の努力、つまり釘を読む目や玉を打つ力加減に左右されるようになった。
「このような釘の配置を、発明者の名から正村ゲージと呼ぶらしい。日本海海戦の勝利を決めた艦隊運動、東郷ターンのようなものだな。それにわれわれのごとき海軍出身者なら、昨今のパチンコをそう莫迦(ばか)にはできないはずだ。目標を観測し、計算した弾道に基づいて砲を指向し、発射する。着弾に応じて砲の向きを修正し、さらに撃つ。海軍が営々と研究を重ねた砲術と、そう変わらん」
「まったく賛同できないが、続きがあるなら言ってみろ」
「技術面でも今年、パチンコは大いなる発展を遂げた。前までは入賞で返ってくる玉は三個くらいに過ぎず、まさに子供へのご褒美に過ぎなかった。だが、いまでは玉ひとつの入賞で十個ほども返ってくる。分別のついたよい大人が時間と気力を投じるに充分な報酬だ。オール10といったかな、この仕掛けも大発明だ」
二人が歩く東京の景色は、ずいぶん綺麗になった。日本が世界の一等国を気取っていた戦争前ほどには整ってはいないが、がれきや燃え屑、ひとつ蹴れば倒壊してしまいそうなバラック、青白い顔をした復員者、切実な表情とモンペ姿で闇市へ出かけるご婦人、座り込む孤児などはもうずいぶん目にしていない。いまでは洋装やパーマ、占領軍の将兵やMPが目立つ。
昭和も二五年の六月を迎えている。この正月のために販売された年賀状はがきから、お年玉くじが付属するようになった。パチンコには正村ゲージやオール10が登場して国民の射幸心をあおり、第一回ミス日本コンテストでグランプリを射止めた女性には首飾りとアメリカ旅行が贈呈された。ひっくるめて、日本には瑞々(みずみず)しい復興の気配がみなぎりつつあった。
「内海、俺は気がおかしくなりそうだ」
「もうなっているだろう。海軍将校の矜持(きょうじ)を忘れてパチンコに入れ込んでいるのだから」
話題を転じても、内海の批判的な姿勢は変わらなかった。かまわず松原は続ける。
「いまどきの新聞で話題になっているのは、講和問題だ。新憲法によって戦争と決別した日本人は、そろそろ前の戦争にも決着をつけたいのだろう」
国際法上の戦争は、講和条約の締結をもって正式に終了となる。日本の場合は、戦勝国どうしやアメリカ国内で様々な綱引きがあって講和条約の草案すらまとまらず、長期の占領状態が続いている。ただし去年の秋、アメリカとイギリスが対日講和を促進すると合意し、それから日本の国内でも議論が喧しい。
全交戦国と同時に講和する「全面講和論」が、日本の学界や国民広くに支持されている。だが、すでに世界はふたつの陣営が対峙する「冷戦」に突入していて、朝鮮半島とドイツ地域はそれぞれ二国に分かれての独立となった。日本との講和も、二陣営が対立を乗り越えて同意できる条件が整うとは考えにくい。
そのため、アメリカやその友好国とだけ講和する「単独講和論」も有力な選択肢で、日本政府もこの立場を取っている。ただし単独講和は、独立後の日本がアメリカ陣営に入ってソ連陣営と対立するということであり、実体験から強く戦争を忌避する国民の支持は薄い。
ただし日本国内のどの論者も、早期の講和を強く望んでいる。講和はすなわち占領状態の終了であり、国家の再独立となるからだ。
「講和の形に、俺は意見がない。俺ごときの木っ端(こっぱ)役人が何を言ったところで、何ら影響を及ぼせぬからな。どんな講和であっても、立ち現れる状況に最善を尽くすだけだ」
足を止めぬまま松原は言う。
「だが、日本側の調査によれば、シベリアにはまだ一万九〇〇〇人の日本人が抑留されている。ソ連がこの四月に、日本人捕虜の送還を完了したと発表したにもかかわらずだ。俺が関わっている掃海だって、各隊が苦労して終戦から五年もやっているのに、まだ機雷は残っている。戦争の何が終わっているのだ。俺たち日本国民は何を終わらせたいのだ。終わりとは、終わっていない事象から目をそむけるだけのことではないのか」
「俺にすごまれても困る」
内海は苦笑を寄こしてきた。
「松原は、恵まれた環境で自分たちだけの繁栄を謳歌(おうか)する国民が憎いのか。そういえば対米戦争が始まる前は、パーマのご婦人やら怠惰な学生を捕まえて、国民道徳の退廃を嘆く国士気取りがたくさんいたな」
「俺が国を憂う草莽(そうもう)の士に見えるか。違うよ、俺のはもっと卑近な感情だ。この手で戦争を終わらせられん無力を嘆いているのだ。復興が進み、講和が現実の日程に上りつつある喜ばしい現実すら受け入れられない自らの狭量さが、憎たらしくてしょうがないのだ」
「だからパチンコで憂さを晴らしているのか」
「俺なりに、人間のありようを受け止めようとしているのさ。おかしなやつだと思われるかもしれんが、俺は真剣だ。悲しむべき誰かの命日は、別の誰かにとっては喜ぶべき生誕の日だと、頭では分かっていても感情が追い付かない。だから身体で覚えようとしている」
内海は黙ったまま肩をすくめ、足を止めた。道行く人影が遠いことを確かめるように周りを見回し、それから口を開いた。
「俺が貴様を呼び出したのは、頼んでおいた提案書をもらいたかったからだ。だが見たところ、パチンコパーラーで薄くした財布の他は手ぶらのようだが」
松原は、自由研究の名目で旧海軍将校が集う海軍再建の会合に顔を出している。幹事役の内海から会合のメンバーに、再建海軍が備えるべき艦艇や兵員について、おのおのの提案書を作成するよう依頼されたのは二週間ほど前のことだ。
「提案はない。正確には提案の前提条件に欠落がある。それを伝えるために今日、俺はおとなしく内海の呼び出された」
松原は堂々と言った。内海は首を左右に振り、額に手を当てた。
〈つづく〉
