退団日の1週間後に「高等学校卒業程度認定試験」
―― 宝塚でトップまで務めたのだから、もういいだろう、とは思わなかったのですか。
いえ、宝塚という守られた世界から、実社会に出た時に、中途半端な知識や勉強ではやっていけないだろうということは、強く意識していたんです。ちょうど退団日の1週間後に「高等学校卒業程度認定試験」があったので、そこに照準を合わせて予備校に通いながら、勉強に励みました。
―― 退団1ヵ月後ではなく、1週間後⁉ 早すぎませんか? しかもサヨナラ公演と並行しての勉強なんて想像を絶する大変さでは。
その日程を逃したら次は半年後で、そこまで気力が続くか、ちょっと自信がなくて。一方では宝塚を退団するという大きなさみしさも抱えていて、それを忘れたい気持ちもありました。それに、退団が決まるとそのほかの仕事なども減るので時間があったり。だからこそ、がんばれたのだと思います。
といっても、決して苦しい思いで取り組んだわけではありません。ちょうどその時、父も放送大学の大学院に通っていて、その様子がとても楽しそうだったんです。そんな姿を見ていたから、私も前向きでした。父からは「君はいろいろな人と会える仕事をしている。だからこそ、お相手の話を楽しんで聞けるようになりなさい」というアドバイスを受けていました。
その父は13年前に他界したのですが、父に続いて私も放送大学に入学して、約束を果たせたことを無事に、報告することができました。