「ダンスは50歳から」
―― 湖月さんの、その探求心の源は何でしょうか。
やはり宝塚の先輩方の背中を追ってきたことが大きいと感じます。すばらしい先輩方が多すぎて、お一人だけを挙げることは到底できないのですが、「あなたはずっと踊り続けてね」と、周囲から声をかけていただく時に、大浦みずきさんのお名前は必ず思い出します。
1992年の宝塚のニューヨーク公演『TAKARAZUKA夢』で、大浦さんがトップを務められた時、メンバーとしてご一緒させていただいたことは、とても大事な思い出です。私の退団後も『DANCIN’ CRAZY』(07年)で共演させていただき、光栄でした。名倉加代子先生の名言に「ダンスは50歳から」というものがありますが、まさにダンスは年齢を重ねても、踊り続ければ、それだけ新しい発見があります。大浦さんがご存命なら、どんなに素敵なダンスを踊られているかと、今もその背中を追っている気持ちです。
先輩方から学ぶことと同時に、宝塚では後進のスターたちが、さまざまに活躍していることも大きな励みですね。
『TUMBLEWEED』では、元雪組男役スターの彩凪翔さんとご一緒します。彩凪さんの入団は、ちょうど私が退団するタイミングで、在団中の接点はなかったのですが、24年の『ベルサイユのばら50』で、フィナーレのボレロをデュエットで踊ったことがあるんです。オリジナルは喜多弘先生の振付で、彩凪さんが女性の役。彩凪さんにとっては馴染みのない場面で、すごく緊張したと思います。でも、お稽古場で最初に踊った瞬間に、「ああ、ものすごく練習してきたんだな」と、彼女の努力が伝わってきました。その心映えが素晴らしい。その時に「また一緒にやりたいね」と言っていたことが実現できてうれしいですね。