悲しみはお嫁さんにゆずって
たとえば――なくなったご長男の名を夜中、外で叫びつづけたこと。母の情としてよくわかりますが、それほど悲しいのはあなただけでしょうか。ひろい世間をさがすまでもなく、あなたのすぐ目の前に、小さい子供を残して夫に先立たれたお嫁さんがいます。
泣き叫ぶあなたを、黙ってじっとみている彼女のつらさはどんなでしょう。あなたよりもずっと若く、あなたの時よりも、ずっと幼い子をかかえて未亡人になった彼女は、これから先どう生きていいか、心の中で途方にくれているでしょう。
悲しみはお嫁さんにゆずっておあげなさい。あなたには、まだ4人の娘がいる。それだけでも、しあわせです。
無理でしょうが、ハガキのことはお忘れなさい。あなたをたっぷり傷つけるはずのハガキを受け取って、あなたはすました顔をしている。これはなかなかしゃれたお返しですよ。そして、このきびしい世間を何とか生きなければならないお嫁さんや孫に手をかすことを余生の生きがいにしてみましょう。それこそなくなった息子さんへの母の情ではないでしょうか。
(「毎日新聞」1970年3月5日)
※本稿は、『わたしの人生案内』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『わたしの人生案内』(著:沢村貞子/中央公論新社)
恋愛・結婚、人間関係、介護、死別、生きがいについて……随筆家としても知られる名脇役の下にさまざまな悩みが寄せられた。
ときに厳しくも機微にふれる回答には、二度の離婚と三度の結婚を経て、人生の裏表を知った著者の濃やかな優しさがにじむ。
初書籍化となる新聞連載の人生相談83篇に、女性の生き方をめぐる随筆を併せた一冊。





