必要があれば神様が与えてくださる
夫が主任牧師として新しく教会を立ち上げたとき、3年くらい謝儀(牧師の給料)を辞退したので、無給だったこともあります。子どももいるのにどうしようと思いましたが、クリスチャンは「必要があれば神様が与えてくださる」と考えるので、お金がなくてもどうにかなってきました。
とはいえ、神様が与えてくださるのは、最後の最後。ぎりぎりまでがんばって、「本当に困った」と途方にくれていると、不思議と「亡くなった父がお世話になったから、このお金を」などと思いがけない方から献金があったりして、助けられることがあります。
そんな生活だったので、「もっともっと」というよりも、あるものに感謝して、その中でどうにかする習慣が身につきました。だから、そういう頃に比べると、今はひとりでこれだけのお金を使えるので、「私ってお金持ちね」と思っています。
お金がないことを嫌だなと思うのではなく、その状態を楽しんでしまいます。
たとえば、花は、ごくたまに1本しか買いません。でも、だからこそ、その1本の花が買えたとき、ものすごくうれしい。
お金があれば、いつでもたくさん買えるけれど、逆に1回の感動が薄まってしまいます。時々しかできないからこそ、喜びが深い。だから、少ないものでも幸せになれるのです。
今は、お金がないほうがむしろ幸せだとも思えるようになりました。
