「推し」の誕生

2000年代以降、小泉政権による構造改革から非正規雇用が増え、社会格差が広がり、これまでの一億総中流社会が崩れようとしていた。皆が同じ時間に同じテレビを見るという幻想は崩れ去りつつあった。

テレビのかわりに私たちは何を観たのか。インターネットである。テレビが決めていた時間割を、インターネットはあっさりと崩壊させた。インターネットは家庭のなかでもひとりひとり異なるデバイスで、異なる時間軸を楽しむことを促進した。

『推したちとどう生きるか』(著:三宅香帆/新潮社)

個人はそれぞれのデバイスで自分の好きなものを見つけるようになる。「萌え」という言葉に象徴される平成オタク文化はインターネットのなかから登場した。そして萌えという言葉で楽しまれていたアイドルのなかから、推しという言葉が生まれる。「推し」の起源はAKB48の「推しメン」だと言われている。

AKB48はプロデューサーの秋元康氏が、テレビというマスメディアから生まれるアイドルではなく、「秋葉原の専門劇場」からファンが見つけるアイドルを志向してつくりだしたアイドルである。このAKB48の文化は、その後「地下アイドル」と呼ばれるようなライブハウスカルチャーに密接なアイドルを生み出していく(1)。

AKB48はなぜ流行したのか。インターネットの掲示板に日々口コミが書き込まれたことが大きい。大勢の人数がいるAKB48グループの女子たちは、人数の分だけ、掲示板で新しい話題が生まれる。さらに劇場で毎日公演を開催し、テレビのみ雑誌のみの芸能人に比べて格段にインターネットに書き込まれる情報が多かった。インターネットの口コミを見た少数の濃いファンが劇場に熱を以て現れるようになった。そしてまたインターネットの掲示板に感想を書き込んだ。

推しを推すには、好きなだけではなく、行動することが必要になる。――行動の多くは、インターネットで表現する場が生まれてはじめて、可能になった。インターネットが生み出したのは、消費するだけでなく表現することが容易になる社会への変化だった。

西城秀樹の時代にはテレビやライブでアイドルを見るしかなかった。でも、インターネット登場以降、ライブや握手会やサイン会といったリアル・コミュニケーションと、SNSや動画配信や音楽配信といったバーチャル・コミュニケーションの双方によってアイドルを見ることが可能になった。今やそのどれもが市場化されている。「課金」が必要なのだ。

(1)宮入恭平『ライブカルチャーの教科書 音楽から読み解く現代社会』青弓社、2019年