少年文化から少女文化へ

1971年という時代の境目を、大塚英志は以下のように批評する。

それは少年まんがでも同様で矢吹丈は白い灰になって燃えつき、星飛雄馬はひっそりと去っていき、高度成長的な熱血ヒーローはやはり夢破れていったのである。いわばこの時代は「科学」や「未来」や「熱血」や「高度成長」といったことばに集約されるような、あるいは「万博」「アポロ」が象徴するような「男の子の夢」がことごとく敗北していく、「たそがれ」の時代だった。高度成長の夢、少年の夢を象徴する鉄腕アトムは昭和四十二年、いざなぎ景気の真最中にその終わりを予兆するかのように姿を消している。

そういった少年の夢が破れ解体していった時代にその主役の座を奪うように少女文化が花開いていく。その高度経済成長の時代の「たそがれ時」に消費社会が「見つけたもの」こそが、記号としてのモノとそれを消費していく人々の感受性であった。昭和四十九年とは、モノから記号へ、そして男の子の夢から女の子の夢へというはざまの時間なのである。まる子ちゃんはその境目の時代を生きているわけだ。そしてこの時期を境に消費の主役は少年から少女にあけ渡された、といってよい。
(大塚英志『「彼女たち」の連合赤軍 サブカルチャーと戦後民主主義』前掲書)

「可愛い」という言葉が流行し、ファンシーグッズが商品として日本中に展開され始めた時代の変化を受け、大塚は「男の子の夢から女の子の夢へというはざまの時間」と呼ぶ。ミスタードーナツやサーティワンといった「可愛い」と言われるファーストフードも誕生した。株式会社サンリオという屋号が生まれたのも1973年である(ちなみにハローキティの誕生は1974年)。サンリオとアイドルはほぼ同時に誕生したのである。

※本稿は、『推したちとどう生きるか』(新潮社)の一部を再編集したものです。

【関連記事】
三宅香帆「親子の絆だけでなく、もっと『夫婦』の物語を」現代日本のフィクションに見る「夫」の描かれづらさの理由
三宅香帆「子どもを持つと両親は『夫婦』ではなく『父母』になる」日本ではなぜ、夫婦の絆より親子の絆が強いのか?
『君たちはどう生きるか』『街とその不確かな壁』大ヒット作に共通する「母」の存在とは…三宅香帆が読み解く<夫婦不在>の時代

推したちとどう生きるか』(著:三宅香帆/新潮社)

日本人にとって推し活はもはや一時の熱狂ではない。

「推し活」文化の源流から令和の最前線までをひもとき、ポスト消費社会における「推しの構造」を鮮やかに読み解く。