高次脳機能障害のせいで感情の制御ができないのだ。父が悪いのではない。わかっている。だが、制御ができないのに、こんなに的確に傷を抉(えぐ)ってくるものだろうか。なにもかもわかってやっているのではないだろうか。

「黙れ。黙れ。おまえのせいだ。おまえが悪い」

 父が叫び続ける。きっと近所中に響き渡っているだろう。私はとうとう立っていられなくなり、ベッドの横に座り込んでしまった。それでも父は叫び続けた。

「全部おまえのせいだ。おまえさえいなければ、あれは死なずに済んだ。おまえが殺した。あの事故はおまえのせいだ。私の身体を返せ」

 霧さん。助けて。

 私は心の中で叫んだ。こんなふうに霧を頼ってはいけない。そう思いながらも霧を呼んでしまう。

 助けて、霧さん。助けて――。

 背後でドアが開く音がした。顔を上げると麻子の足が見えた。

「お祖父ちゃん。いい加減にして」

「役立たずが生意気な口を利くな」

 麻子が一瞬怯(ひる)んだが、懸命に言い返した。

「私は役立たずだけど、お母さんは悪くない。これ以上はやめて」

「麻子。おまえの母親はとんだ色狂いで、最低の女だ。親と子供を捨てて男と暮らすと言うんだ」

「違う。お母さんはただ霧さんが好きなだけで……」

「バカか。なにが霧さんだ。馴れ馴れしい。ふしだらなところは親子そっくりだな」

「違う。人を好きになることはふしだらじゃない」

 麻子が大声で言い返したので驚いた。この子はこんなにも強くなったのか。嬉しくて勇気が湧いてきた。

「私の娘に失礼なことを言わないで。麻子は間違ってない。孫を傷つけることしか言えないお父さんなんかより、ずっとずっと立派よ」

「黙れ。この親不孝者が」

「親不孝で構わない。私と麻子は出て行く。もう決めたことだから」

 父の顔は怒りで真っ赤だった。があっと唸り声を上げ、怒鳴った。

「好きにしろ。ここは俺の家だ。施設なんか死んでも入るものか」

 それきり荒い息をつきながら、動かずにいる。私は麻子の腕をつかんで部屋を出た。どれだけ覚悟を決めて立ち向かっても、やはりダメージはある。これ以上は無理だ。