「ごめんね。麻子。嫌な思いをさせて」
麻子は返事をしなかった。うつむいたまま私の顔を見ない。
「今までずっと辛い思いをさせて本当にごめん。でも、今度こそ私はお祖父ちゃんを捨てる。麻子も自由になるの」
ゆっくりと麻子が顔を上げた。眼に光がない。ぎょっとした。
「今さら?」
呟くような小さな声だが発音は明瞭だった。心臓が縮んで息が止まりそうになった。
「お母さんは男ができたから自由になるの?」
私は言葉を失い、麻子の顔を見つめていた。
「私はお母さんに男ができなければ自由になれなかったの?」
麻子の言っていることが正しい。私は霧と出会わなければ、今もきっと父を捨てる勇気は出なかっただろう。そう、間違いなく「男ができたから」なのだ。それなのにまるで解放者にでもなったかのように、得意げな顔をしていた。
「そうかもしれない。霧さんとの出会いが私にきっかけと勇気をくれた。でも、そんな言い方はやめて」
「ふしだらに聞こえるから?」
一体、今日の麻子はどうしてしまったのだろう。ぞくりと背筋が冷えた。言い返せないでいると、ふいに麻子がぱっと笑った。
「ふしだらでもなんでもいいじゃない。お母さんは霧さんと幸せになるし、私も自由になれる。ほんとによかった」
麻子はにこにこと笑いながら、背を向けた。
「……じゃ、私も自由になる準備をしますか」
冗談めかした口調が胸に刺さった。
