エンドロールの向こうを想像できる人間であれ
パパは君たちと映画を一緒に観に行くたびに、家で配信サービスの映画を観るたびに、「エンドロールまでしっかり見ようね」って伝えていた。だんだん、パパが何も言わなくても最後までじっと画面を見るようになってたね。
どうしてパパがエンドロールにこだわってたかというと、あの「長さ」を感じてほしかったからだ。
「本編、終わったし」「どうせ名前、覚えられないし」「退屈だし」って言う人の気持ちもわかる。でも、あの名前って、仕事の数でもあるんだよね。「この映画をつくるために、どれだけの人が携わったのか」っていう事実が、あの数分間にギュッと詰まってる。
僕らはその「仕事」のおかげで──情熱のおかげで、工夫のおかげで、こだわりのおかげで、一本の映画を観ることができるんだ。
君たちには、その奥にも思いを馳せられる人間になってほしかった。エンドロールでぱっと席を立つような、想像力と感謝のない人間にはなってほしくなかったんだよ。
もちろん映画には好みがあるし、ときにはつまらないこともあるよ。
でも、名作だろうが駄作だろうがたくさんの人が関わったことには変わりないし、ましてや、手を抜いてつくったわけでもないよね。内容を批判するにしても、どれだけたくさんの人が携わってるか理解していればひどい悪口にはならないはずだ。
こういうことを伝えたいのは、やっぱりパパがテレビ関係の仕事をしていることが大きいかもしれない。ほんとうに、ひとりじゃなんにもつくれないんだよ。