父について語る夏井さん

大学で教えていた父は比較的自由になる時間があり、一緒に過ごした思い出がたくさんあります。意外かもしれませんが漫画も好きで、『少年マガジン』や『少年サンデー』を買ってくれたし、白土三平さんの『カムイ伝』や梶原一騎さんの『あしたのジョー』なども揃えてくれました。

走るのも好きで、よく一緒にランニングをしたものです。絵の上手な教え子に描いてもらったジョーの似顔絵のTシャツを着て、毎日10キロくらい走っていました。近くには雑木林や田んぼもあり、散歩に行くとよく植物を観察していたことを覚えています。そういえば、僕が出ているサッカーの試合をこっそり見に来てくれたりもしました。

そんな優しい一面もある一方で、怒るとすごく怖い。あれは確か、僕が中学生の時。父が奉職していた國學院大學の折口博士記念古代研究所では毎年、年末に飛鳥や近江、熊野など万葉集ゆかりの地を1週間くらいかけて歩く旅に出かけるのが慣習になっていました。

ある年、「夏井も来い」と言われて一緒に出かけた旅の道中、1時間に1本くらいしかないバスに乗り遅れてしまった。僕は「え〜っ、なんで乗れないんだよ」とか、ぶーすか大騒ぎ。すると、大学生たちの前でゴツンと殴られたんです。

当時はまだ、親が子どもに手を上げることが多かった時代でしたから。僕はいじけて誰ともしゃべらず、みんなより100メートルくらい先をすたすた歩きました。

僕が大学を卒業する頃には、あちこちから父に執筆や講演のお声がかかるようになり、経済的に少し楽になったようです。伊豆の見晴らしのいい別荘地に家を建てて、夫婦で引っ越していきました。

たまに伊豆に遊びに行くと、うまいものを食わせてくれるので、「ああ、うちも豊かになってきたなぁ」などと思ったものです。

<後編につづく>

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