栗山巧
写真/水上俊介
西武ライオンズの「ミスターレオ」こと栗山巧さんが、2026年8月30日の試合をもって現役を引退しました。入団から25年間ライオンズ一筋で活躍し、球団生え抜き選手初の通算2000本安打を達成するなど、高いプロ意識と誠実な人柄でファンに愛されてきた栗山さん。今回は、初の著書『獅子貫徹 ライオンズ一筋25年、理想の打撃を追い求めて』より一部を抜粋し、栗山さんの野球人生の軌跡を振り返ります。

一軍でプレーをしたい

自分が一軍でどれくらいやれるのかを知りたい。

僕は強く、そう思うようになっていました。

2005年、プロ4年目の年始のことです。

一軍に割って入るのは、簡単じゃない状況ではありました。

2004年のシーズンは、ライオンズの日本一で幕を閉じた。つまり、12球団で最も戦力が充実している状態にあったということです。

でも、そういう事実とは関係なく、僕は純粋に一軍でプレーをしたいと思っていた。

ただただ、3年間で培ったものを試したいと願っていました。

そもそも「誰々がいるから出られない」と考えたことはなかった気がします。

今思えば恥ずかしいくらい、自分のことしか考えていなかった。

近い世代には、赤田将吾さん、高山久さん、大島裕行さんといった将来を有望視されていた高卒外野手の先輩がいました。でも、「だから一軍は難しい」と考えていたら、きっと現役生活は3年も続かなかったと思います。

周囲を気にせず、自分が納得できる取り組みを。

そういうスタンスの大切さは、当時の環境に教えてもらったように感じます。