西武ライオンズの「ミスターレオ」こと栗山巧さんが、2026年8月30日の試合をもって現役を引退しました。入団から25年間ライオンズ一筋で活躍し、球団生え抜き選手初の通算2000本安打を達成するなど、高いプロ意識と誠実な人柄でファンに愛されてきた栗山さん。今回は、初の著書『獅子貫徹 ライオンズ一筋25年、理想の打撃を追い求めて』より一部を抜粋し、栗山さんの野球人生の軌跡を振り返ります。
名伯楽が示した尺度。「球界の頭脳」の知見
2007年シーズンの後半から、僕は徐々に浮上する流れに乗りました。
前年のケガと、それに伴うブランクもあって、シーズン前半は調子が上がらなかった。
それが、7月に入って月間打率3割9分7厘とヒットが出だした。そこから再びスタメンに定着することができました。
打撃の浮上については、ヘッドコーチの土井正博さんの存在が大きかったと思います。プロに入ってから、僕は主に田邊徳雄さんに打撃を教わってきましたが、その田邊さんを現役時代に指導されたのが土井さんです。他にも清原和博さん、松井稼頭央さんなどを指導された。中島裕之(現・宏之)さんも土井さんの教えで才能が開花したと言われています。
僕にとっては、師匠の師匠。当然ではありますが、田邊さんの教えと通じるところが多かった。受け入れる準備が整った状態で指導いただけたのは、とてもよかったと思います。
土井さんからは「投球に対して早めに『いらっしゃい』の形をつくりなさい」と教えていただきました。構え遅れてしまうことなく、どこに投げてこられてもいいように形をつくる。それを何より重んじていらっしゃいました。
それから「懐を深く、大きくとりなさい」という教えもありました。
脇の下からお腹の前にかけての空間が確保されていないと、手の通り道がなくなる。うまくバットを操作したり、インパクトに向かってヘッドを加速させたりすることが難しくなる。
これは25年目の今でも、自分の打撃におけるひとつの尺度になっています。