「秘密を覗き見たい」という人間の本能
これほどまでスパイの物語が社会に溢れ、人々を熱狂させるのは、やはりスパイ活動が「ミステリアスで人々の想像力をかきたてる」性質を持っているからだろう。平たくいえば、他人や他国の「秘密を覗き見たい」という欲求は、私たち人間に備わっている“根源的な本能”の一種なのだ。
実際、この人間の性質を逆手に取ったインテリジェンス業界特有のジョークや共通認識が、世界には多数存在する。
その代表例が、「世界最古の職業とは何か?」という問いだ。
古くから語られてきた定番の答えは、「政治家、売春婦、スパイ」である。
まず政治家が挙げられるのは、「聖書にあるように、神が混沌の中から世界を創ったのなら、その前から政治家は存在していたはずだ(つまり政治家は昔からろくなことをしない)」という辛辣な皮肉によるものだ。いかに政治家が世界共通で不人気な存在であるかを示すジョークといえる。
一方、売春婦とスパイが並べられるのには理由がある。売春(買春)が何千年も前から存在し、法律で禁じられてもなくならなかったのは、人間の本能的な欲求に根差しているからだ。そして他人や他国の秘密を知りたいという欲求も、それとよく似ている。
だからこそ、国家の秘密を探るスパイもまた、古代から現代まで形を変えながら生き残りつづけてきた。スパイとは単なる職業ではなく、人間の根源的な欲求が生み出した、人類最古の生業の一つなのである。
しかしその一方で、スパイやインテリジェンスという言葉には、どこか不潔でダーティーなイメージも付きまとってきた。
事実、国際連合(国連)においては、長い間「インテリジェンス」という言葉自体が公的なタブーとされてきた歴史がある。
日本でも事情は似ている。大手の新聞メディアが「インテリジェンス」という言葉を肯定的な意味で使いはじめたのは21世紀に入ってからであり、長い歴史の中ではごく最近の出来事だ。
人は秘密に惹かれる。だが、秘密を扱う者には警戒の目も向ける。その矛盾こそが、スパイという存在が今なお私たちを魅了しつづける理由なのかもしれない。