預言者モーセが命じた「古代の偵察任務」

『聖書』の中に残されたもっとも有名なスパイ工作といえば、古代エジプトから民を率いて脱出した預言者モーセのエピソードである。

神から示された「約束の地」カナンがどのような土地なのかを確かめ、同時に軍事的な状況を見極めるため、モーセは各部族から選ばれた指導者たちを偵察のために現地に送り込んだ。

その際、モーセが放った命令は、現代の「地誌情報」や「戦力評価」にも通じる、具体的な調査項目を備えていた。聖書には、次のような命令が記されている。

「ネゲブ地方を上って山地へ行きなさい。その土地がどのようなところか、そこに住む人々が強いか弱いか、少ないか多いかを見てきなさい。彼らはどのような土地に住んでいるか。良い土地か悪い土地か。どのような町に住んでいるか。城壁のない町か、要塞化された町か。土壌はどうか。肥沃(ひよく)か痩せているか。木は生えているか、生えていないか。できる限りその土地の産物を持ち帰りなさい」

この命令にもとづいて派遣された偵察者たちは、現地の防衛能力(城壁の有無)や土地の生産力(土壌の肥沃さ)、さらには人口や兵力をつぶさに観察し、報告したという。

つまり、インテリジェンスの原点とは、単なる暗殺や盗聴といった陰湿な謀略ではない。集団が生き残るために不可欠な組織的な情報収集が古代から行なわれていたことを、この聖書の物語は雄弁に示しているのである。

※本稿は、『面白すぎて時間を忘れる「スパイ」の世界: 実在のスパイから世界の秘密工作まで』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

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