一瞬停電したが、またすぐついた。今エアコンが停まったら、どういう惨事がと考えながら片づけていると、ピンポンが鳴った。出ると、五階に住むMさんで、ふだんから仲良しでよくいっしょにビールを飲んでる、でも今来るとは思わない、そのMさんが、笑顔でそこに立っていて「伊藤さん、大丈夫ですか」と聞いてくれた。

その救済力。あたしは一生忘れない。

それであたしも、三階で独り暮らしのEさんに電話してみた。Eさんは歯医者にいた。「迎えに行きましょうか」と聞くと「大丈夫、大丈夫」と言ってたが、しばらくして「タクシーがつかまらない」と電話が来た。よしきたっと飛び出したが、Eさんにたどりつくまで時間がかかった。渋滞だった。裏道にまでびっしり車が並んでいた。

車を降りるときにEさんは「また来るかもしれないから、お風呂の残り湯はためておくといい」と言った。さっきMさんも「また来たらテーブルの下にもぐり込むんですよ」と言ってたのだ。

「また来る」……本震である。

あたしは一晩中、地震のニュースを見ずにいられなかった。余震が何度も来た。揺れてる気がするのか、ほんとに揺れてるのかわからなかった。チトーが、何度も、いきなり怯えて飛び上がった。するとほんとに揺れが来た。ジェシーが、彼を揺さぶる見えない巨人を探すようにきょろきょろした。繊細なクレイマーは、下痢をし始めた。

「本震が来るかも」と無事を確認し合っただれもが言っていた。「あのときは何日間も、電気も水も使えなかった」とみんながまたくり返した。

熊本の人たち、少なくとも十年前から熊本に住んでるおとなはみんな、不安をひきずって生きている。それは「次に本震が来る。もっと揺れる。そしたら家も、お城も、橋も、山も、崩れ落ちる」という不安であり、染みついたかれらの記憶だった。それが今度の地震で、一斉に意識の上のほうに出てきて、あたしにもひたひたと伝わってきた。で、それが何よりも怖かった。