『あやうく一生懸命生きるところだった』 ハ・ワン・著/岡崎暢子・訳

 

40歳を前になんの目算もなく会社をやめてみたら

パンツ一丁で寝そべった背中にかわいい猫を乗せている男性を描いた表紙イラスト、そしてこのタイトルからすでに心地いい脱力感が伝わってくる。

ここのところフェミニズムの視点から女性の生き方をとらえ直す韓国の本が相次いで注目を集めていたが、このエッセイ集の著者は男性。40歳を目前に〈必死に頑張ろう〉とすることに限界を感じ、何の目算もないまま会社をやめてしまった。たまに不安と後悔をよぎらせつつも、何もしない時間という贅沢な自由を手にして自分を取り戻していく様子がユーモアたっぷりに綴られる。

表紙だけでなく、本文に添えられたとぼけた味わいの挿画も、フリーのイラストレーターとなった著者自身によるもの。

韓国では2018年に刊行され、トップアイドルデュオ・東方神起のユンホが読んでいるということも話題になって25万部のベストセラーに。

誰よりも〈一生懸命生きる〉ことを実践して成功しているかに見えるアイドルも手にするくらい、苛烈な競争を強いられて生きることに皆が疲れているのだろうと感じるが、この韓国社会の現状は日本もほとんど同じなのではないか。翻訳されて今年1月に刊行された本書は11万5000部まで伸びている。

人生はコントロールできないのが当たり前、他人と比べることが不幸の始まり等々、言われてみればその通りと思える言葉の数々が、やわらかな笑いとともに胸に落ちてくる。コロナ禍で〈一生懸命〉だけではどうにもならないこともあるのだと痛感せざるをえない私たちの日々を、支えてくれる一冊かもしれない。

村上春樹の小説を始め、日本のドラマ(漫画)や映画からの引用もあって身近に感じられ、多くの人が自分のこととして受けとめられそうだ。

『あやうく一生懸命生きるところだった』

著著◎ハ・ワン
訳◎岡崎暢子
ダイヤモンド社 1450円