流行歌づくりの天才と、流行歌づくりの苦労人
古賀の最大の魅力である悲しく廃頽的なメロディーが、戦時歌謡には仇となったのである。日中戦争下では、昭和12年に古賀が作曲した「軍国の母」(歌・美ち奴)や「銃後の赤誠」(作詞・島田磬也、歌・奥田英子)のような、暗く廃頽的なメロディーの戦時歌謡が生まれた。だが、戦争が長期化して軍部が国民の戦意高揚を目的とした強く勇ましい楽曲を要求するようになると、作曲家はその要求に応えなければならなかった。
古賀は、日中戦争下においても、昭和15年に「春よいづこ」(作詞・西条八十、歌・藤山一郎、二葉あき子)、「蛇姫絵巻」(作詞・西条八十、歌・志村道夫、奥山彩子)、「新妻鏡」(作詞・佐藤惣之助、歌・霧島昇、二葉あき子)など、戦争とは無関係な映画主題歌などでヒットを飛ばしていた。
だが、翌16年12月にアジア・太平洋戦争に突入し、そうした作品が生み出しにくくなると、古賀の活躍の場は少なくなる。一方で古関は、数多くの戦時歌謡を作曲している。アジア・太平洋戦争は、流行歌づくりの天才と、流行歌づくりの苦労人との明暗を逆転させたのである。
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