老後資金など、もちろんない
さらに6年生時、歯科医師国家試験に落ちた息子は1年予備校に通い、出費がかさんだ。学費の苦しみから逃れられたのは、今年の3月。老後資金など、もちろんない。国民年金と貯蓄型年金、取り崩した中小企業退職金の残額だけが頼りだ。
「息子はスタート地点に立ったばかり。しばらくは親がかりですし、奨学金の返済もあります。まだまだ私たちが働き続けないといけないんです」
そう自分に言い聞かせる優美さんには、心底から「楽しい」と感じる仕事をしていた時期がある。
13年前に社交ダンスに通い始め、2年後に地域指導員の資格を軽い気持ちで取ったところ、講師から、「あなたには他人に教える才能がある」と見込まれ、初心者向けのレッスン講師を任されたのだ。
「趣味の延長みたいなもので、謝礼は月2万5000円くらい。それも舞台衣装や、自分の小遣いですぐ消えました。でも、ホールでのイベントを企画したり、衣装の買い付けに行ったりするのが楽しくて。夢中になりましたね」
息子が大学受験を控え、講師生活はわずか3年で終わりを迎えたが、ダンスへの熱い思いは持ち続けている。学費の支払いを終えた直後は「再開したい」と考えていたのだが、
「今はとても踊れるような状況ではなくて……。新型コロナウイルスの影響で医院の患者さんが3割減って今もまだ戻りませんし、従業員が2人立て続けに産休に入って、人手がさらに足りない。この間、夫が『いったい、俺はいくら稼いだら死んでもいいんだ?』と呟いたんです。思わず2人でため息をつきました」