まず自分自身について知るべき
このパンデミックでは、コロナ対策について各国の事情や個性の違いがつまびらかになりました。日本だけではなく世界中で、自国政府の対応に苛立ちを覚えたり、メディアが伝える情報に承服し難いものを感じたりした人は、きっと大勢いるに違いありません。
かく言う私もその一人です。イタリアに対しても、日本に対しても、アメリカやブラジルといったこれまで縁のあった国の対応すべてに、納得もすれば違和感や腹立ちを覚えてきました。
ただし、上辺の形ばかりを見て、「こうするべきだ」と批判だけしているのも、状況の改善には遠い気がします。昨年刊行した「たちどまって考える」では日本とイタリアといった国々との比較を軸にした考察を綴ってきましたが、国には国それぞれの性質や考え方や価値観がある。対策が一律にならないのは至極当然のことなのです。
パンデミックという地球レベルでの人類における危機的現象と、どう折り合いをつけていくべきか。試行錯誤をいまだに続けている世界ですが、例えば日本政府が取った対策は、我々日本人にとって本当に相応しい対応だったのかどうかを考えてしまいます。明治維新以来西洋式の社会構造を模索してきた日本ですが、今回のパンデミックへの対応や人々の意識を見ていると、日本人には日本独特の現状への捉え方や解釈があるということにも気がつかされました。社会の危機に向き合った時、政府からの指示を受ける前に、私たちはまず自分自身について、そして自分たちのおかれている社会について、自らの力で、俯瞰で分析する能力を身につけるべきかもしれません。