映画『小早川家の秋』(小津安二郎監督、1961年)の浪花千栄子さん(『婦人公論』昭和54年7月号より)
ついに最終週を迎えたNHK連続テレビ小説『おちょやん』で、杉咲花さんが演じる主人公・竹井千代のモデルは、名優・浪花千栄子だ。夫・一平(演・成田凌)との破局後、一時行方不明になった千代だが、花車当郎(演:塚地武雅、モデルは花菱アチャコ)との夫婦役のラジオドラマが好評を博し、見事復活を遂げた。浪花千栄子も同じ試練を乗り越え、竹のように強い女性として多くのファンに囲まれたが、夫との共演は拒否し続けていたという。その理由を、離婚から10年後の昭和36年、『婦人公論』の鼎談「座談会 上方おんな愛憎廻り舞台」にて、浪花千栄子自身が語っている。

前回●浪花千栄子の肉声「夫の浮気相手は20年で100人近う、次々かわってます」

向うを殺すか、自分が死ぬか

「まったくどん底に落ちて、はじめて幸せというものがわかります。わたしは五十を過ぎるまで、袂の揃った着物が着られまへんでした。いまはぴったりそろって全部こしらえられる、仕事がこしらえてくれるのです。幸せなことです」

『婦人公論』昭和36(1961)年8月号に掲載された座談会「上方おんな愛憎廻り舞台」には、浪花千栄子(当時54歳)の上記のような肉声が残されている。座談会のお相手は、森光子(41歳)、劇作家・菊田一夫(53歳)。

「上方おんな愛憎廻り舞台」の誌面

20年連れ添った夫・2代目渋谷天外が若手女優と不倫をしたうえ、子どもができた。夫の裏切りを知ったとき、「自分が死んで化けて出るのはくやしいので、どうせ死ぬなら殺してやろう」と思ったという。

「ある女優さんが映画でスパッとたたかれて、たいへんきれいな顔して泣きはったのを見た時、ほんとにあんなきれいに泣けるものかしら、あんなに悲しい場面にと、それひとつ非常にわたくしの印象に残っていました。そうして、わたくしが、もう向うを殺すか、自分が死ぬかという絶頂の悲しみのときに、泣いて泣いて泣き明かして、いったいわたくしはどんな顔して泣いているのか、鏡を見にゆきました。この悲しみがちょうどあのときの場面と同じや思って…。そうしたら目がはれあがっている、鼻は真っ赤になっている、見られないひどい顔しておりました。(笑)映画のあれはうその顔や」(同上)