「がんは憎いけれど、これからを生きていくうえで大切なことを教えてくれたのも事実。意味のある経験をしたのだと前向きにとらえています。」(撮影:本社写真部)
2019年、テレビ番組の企画で前立腺がんが見つかり、経過を記者会見で発表、話題になった宮本亞門さん。がんサバイバーとして生きるにあたり、「亜門」から改名しました。新型コロナウイルスで打撃を受けた演劇界からの発信も続けています。生と死の分岐点を超え、老いた父からも生きることの壮絶さを教わって見えてきたものとは――(構成=丸山あかね 撮影=本社写真部)

がんになった人が必ず通る「魔の不安定期間」

前立腺がんを克服し、元気な日々を取り戻すことができました。自分は一度死んだのだと思ったら生きることへの執着が湧いてきて、周囲の人たちから「がんになる前よりパワフルなんじゃない?」なんて言われているほどです。

以前は仕事仕事で忙殺されていましたが、今は何もかもが輝いて見えるし、どんなこともありがたい。がんは憎いけれど、これからを生きていくうえで大切なことを教えてくれたのも事実。意味のある経験をしたのだと前向きにとらえています。

すべては2019年の2月初旬に健康番組の企画で人間ドックを受けたことから始まりました。クリニックから「MRI検査の結果、前立腺に腫瘍の影があるので、泌尿器科で精密検査をする必要がある」と告げられ、紹介されたNTT東日本関東病院で担当医から「前立腺がんです」と告知されたのは3月18日のことでした。

もしも番組からの出演オファーをお断りしていたら……。あれが生と死の分岐点だったのかと思うと、感慨深いものがあります。

でも当時はバタバタと事態が動き始め、まず告知を受けた同じ日に他の臓器への転移を調べるためにCT検査を、その2日後には骨への転移を調べる骨シンチグラフィ検査を受けました。検査結果を聞きに行った25日までのあいだが苦しかった。医師から「前立腺がんは転移していなければ完治可能。しかし転移していたら厄介です」と聞いていました。

人前では冷静を装っていたけれど、家に帰って一人になるとロクなことを考えない。「もしかしたら余命を宣告されるかもしれない」とか、「仕事を続けることはできなくなるかもしれない」とか。

このナーバスな状態は、がんになった人が必ず通る「魔の不安定期間」と呼ばれるそうです。僕は「悪い妄想に翻弄されてはダメだ。すべて脳が作り出した虚の世界なのだから」と自分に言い聞かせ、好きな音楽を聴いたりしながら心のバランスを保つよう努めました。