ズルいけれど憎めない人
私の父(二代目中村鴈治郎さん)に「娘さんをください」と挨拶する時、緊張から10円禿ができてしまったほど。23歳で結婚してからも、喧嘩をすると自分で謝ることができなくて、でも仲直りしたいとイジイジ。主人の親友だった石原裕次郎さんから電話がかかってくることもありました。「玉緒ちゃん、許してあげてよ」って。裕次郎さんに言われたらねぇ。
主人はズルいんですけど、憎めない人でね。ある時、夫婦茶碗の私のほうが割れてしまったことがあって。私は何でもいいやと適当なお茶碗を使っていたんですけど、主人は「玉緒、夫婦茶碗は片方が欠けたら両方とも買い直さないといけないよ」って。ロマンチストなんです。私はあれほどまでに純粋な人をほかに知りません。
勝プロダクションの倒産、大麻事件、莫大な借金……。苦労は絶えませんでしたが、私は生まれ変わっても主人と結婚したいと思っています。
思い出はいつも優しく心に寄り添ってくれるんです。2人の子どもに恵まれ、家族4人でいろいろなところへ行きました。主人は子煩悩でしたから、微笑ましい光景がパーッと思い浮かんできます。あれが幸せでなくてなんだろうと心がほっこりしてくる。すると私の人生は素晴らしいと確信することができて、生きる力が湧いてくる。思い出が与えてくれる、生きる力というのがあるんですよ。
何年か前の話ですが、個人タクシーに乗ったら運転手さんが「支払いはいいです」とおっしゃるんです。「勝さんから1500円のタクシー代のところ1万円いただいたことがありますから」って。人の喜ぶ顔を見るのが好きだとはいえ、そんなことをしていたら借金も膨らみます(笑)。困ったものだと思いながらも、何十年経っても主人の思い出が誰かの胸に残っていることを誇らしく感じるのです。