英雄は勇ましく猛々しい……ってホンマ? 日本の英雄は、しばしば伝説のなかに美少年として描かれる。ヤマトタケルや牛若丸、女装姿で敵を翻弄する物語を人びとは愛し、語り継いできた。そこに見た日本人の精神性を『京都ぎらい』『美人論』の井上章一さんが解き明かす本連載。第9回は「英雄時代の物語」。
ヤマトタケルに対する中国人留学生の反応
日本文化の研究にいどむ学究の多くは、日本人である。日本で生まれそだった人たちに、おおむねかぎられる。海外の人材は、あまりいない。
私はこの現状を、せつなく感じてきた。だから、日本文化にかかわる問題でも、なるべく外国人の話を聞くようつとめている。たとえば、ヤマトタケルのことも、国際的な議論の素材にあげたことがある。
女のふりをして、敵を籠絡する。美貌と色香で相手に近づき、殺害してしまう。そんなヤマトタケルの話が、日本では英雄伝説のひとこまになっている。これをみんなはどう思うかと、留学生のつどいで問いかけた。
おもしろかったのは、中国からやってきた学生たちの反応である。彼らは、ほぼ異口同音に、こう私へ言いかえした。女になりすましてのだましうちなんて、英雄のすることではない。そういう人物が、中国でうやまわれることはないだろう、と。
彼らの脳裏をよぎる英雄は、たいてい髭面であるらしい。男装の、ムーランを典型とするような女性も、英雄群像のなかにはいりうる。だが、女装の美少年は、その範疇からはずれるという。おおしさやりりしさが、あまり感じられないせいか。