できないから努力ができる
今は心から、生きていてよかったという思いをかみしめています。まだ記憶には不安があるので、障害を負ってから始めた10年日記は、今も欠かさず書いているんです。リハビリとして、英単語をアプリで見て覚えたり、クロスワードパズルを解いてみたり……。それでも名前が出てこない、単語を間違えてしまうということもあります。
世界選手権で優勝した時、壁にサインを求められて、「champion」と英語で書いたつもりが、スペルが間違っていて、みんな大爆笑ということがありました。自分のこうしたミスって、コントみたいだなと思うことがあります。スペルを間違えるといった「できないこと」を、「大変だね」じゃなくて、「そんなこともあるよ」と笑ってくれる。そんな温かみやユーモアのある目線で見てもらえるのはありがたいことです。
それに、できないことがあるからこそ、努力をしようと思える。そうそう、障害を負ってから、仕事が早いね、と褒められるようになりました。それは忘れないうちに、今できることをすぐにやるようにしているから。こんな感じで、昔よりも、今のほうが丁寧に生きられている気がします。
金メダルを取って大きく変わったのは、年齢に対する考え方でしょうか。最年長記録を更新したことで、50歳という年齢のことも取り上げていただきました。それに応えながら、私はそれまで自分のなかでネガティブワードだった「年齢」が「目標」に切り替わっていることに気づいたのです。自分でつくった最年長記録を更新する。簡単なことではないけれど、それが今の目標です。