「文句は言わない」「刃向かわない」こと
聞くと、既に入職した派遣社員が次々とその場で肌荒れを原因に帰らされたそうだ。
「ブランドイメージを傷つけるから」だそうだが、募集要項に肌の状態を問う文言はなく、さらに突然キャンセルになったことで追加で募集メールも回っていたが、それにも肌の状態がきれいであること、ニキビがないことが求められるなどという記述はどこにも見当たらない。加えて1度も商品を使ったこともない派遣に、一人で店番をさせてレジ締めまでさせるという鬼のような業務内容。ブランドイメージなどというならせめて社員が店頭に立たんかい、という言葉は飲み込んだ。
「文句は言わない」「刃向かわない」ことを前提に、このいびつな均衡は保たれているように思われた。
実は無職になるのは、緊急事態宣言によって百貨店の仕事がなくなったことが初めてではなかった。なんなら、家なしになったこともある。
東京に来てからの私は、まるで身一つで荒海を流浪するようだった。
友人宅に居候したり、家賃3万円代の格安、かつ劣悪なシェアハウスを転々とする日々だった。そのため環境に耐えられず熱中症、ハウスダストアレルギー、急性胃腸炎などに見舞われ、極めつけはストレスからかひどく体調を崩し入院して無一文に。
月十数万円の給料で3万2千円の奨学金を返済しつつ、ぎりぎりのところで生活を繋ぐ日々。あらゆる困難が押し寄せるたび、力なくその荒波に体を預ける。
人生、どうにかならないことの連続だ。
しかし、不思議なことに、節目節目に善良な人に出会い、荒波に堪え忍ぶ術や知識を授けてもらった。