(イラスト:おおの麻里)
国立がん研究センターの統計によると、日本人が一生のうちにがんと診断される確率は男性で65.0%、女性で50.2%と2人に1人。一方で、日本人ががんで死亡する確率は男性で26.7%と4人に1人、女性17.8%と6人に1人となっています。医療が進歩している今、がんの治療後にどう生きるかということも考えておくべきかもしれません。森下あゆみさん(60歳)が罹患したのは「大腸がん」。無事に手術もリハビリも終え、日常が戻ってくると思いきや……

〈前編〉「がん手術後に痩せ続け、不安で娘に〈お嫁に行くのをやめて〉とすがり。私は母として最低だった」より続く

娘の声も雑音にしか聞こえず

がんの手術後退院し、夫が入院したため一人暮らしになってから約2週間。就寝時の不安感で呼吸困難になる日々が続く。

呪われた「しゃれこうべ」のように痩せ衰え、死の不安に耐えきれなかった私はまたも自己中心的な行動に出てしまう。

ちょうどその朝は、故障した私のガラケーの機種変更の手続きがあり、長女が同行してくれることになっていた。私は家で待っていると約束していながら、それをすっぽかして、持ち金3万円と電源の入らないガラケーと少しの下着の着替えをバッグに詰め込んで、がんの手術をした病院の救急外来へとタクシーで向かった。

「どうしようもなく具合が悪いので、血液検査して入院させてください」と、今思えば常識外れの申し出をして担当医師を戸惑わせた。検査結果は、前回の定期検診やかかりつけ医の数値と変わりはなく、帰宅してゆっくり療養するよう指示を受けた。しかし、私は頑として聞き入れなかった。

「体に特に異常がないのですから、この際、心の状態を見てもらいましょう」と医師に勧められ、コロナ下で申し訳ない気持ちもあったが、精神科の外来も予約して、そのまま数日間入院することになった。

さっそく病院の公衆電話から長女に連絡を入れたが、約束をすっぽかして行方知れずだったことをしこたま叱られた。「ずっと探してたんだよ。自分が何やってるかわかってんの? 入院するにしたって保証人とか要るんだから私が行って手続きしなきゃならないでしょ。いい加減にしてよ」。

長女の声は次第に涙声になってきたが、私にはただの雑音くらいにしか聞こえなかった。夕方、入院手続きに病院を訪れた長女の表情は怒りでこわばっていた。新婚の夫のために買い込んだと思しき晩ごはんの食材を手に車に乗り込む長女の後ろ姿が窓越しに見えた。