こういうのばっかり売れるようじゃダメ

「書楽」には新しい店長さんがいる。そして一度だけお会いした前店長に言われたことは、ほかにもあった。「どんな本が売れているんですか?」と尋ねると、彼は平積みの新書や単行本を指さし、「これや、これ。こういう本だよ」と言った。それは、日本の近隣諸国への反感を煽るような言説で有名な著者たちによるベストセラー本だった。

「こういうのばっかり売れるようじゃダメなんだよ。書店も世の中も。だから、あなたには本当にがんばってほしい」と彼は言った。吹けば飛ぶような無名のライターにそのようなことをお願いされても、と思ったが、わたしは頼りない声で「はい」とだけ答えたのだった。

それから2年が過ぎ、東京の書店で新刊の刊行記念イベントが行われたとき、サイン会の列に、顔見知りの出版社の経営者ご夫婦が並んでいらっしゃるのが見えた。わたしの本を手に持ち、「阿佐谷の書楽の店長さんの名前入りでサインしてください」とおっしゃる。聞けば、彼の体調が思わしくなく、入院なさっているという。ずっとわたしの本を読んでくださっているので、サイン入りの本をお届けしたいということだった。

かなり深刻な病状だったと聞いた。が、それからしばらくすると、お店に復帰されたという噂も耳にしたので、仕事で日本に行ったときに、阿佐谷に足を延ばしたいと何度も思った。しかし、著者が本のプロモーションで帰国するときには、取材やメディア出演など、出版社からぎっしり予定を入れられているもので、自分の意思では動けない。だから、ある賞の贈呈式で帰国することになったとき「式以外の時間はまったくのプライベートにさせてください」と宣言し、出版社からの仕事は入れずに、「街の本屋さん」めぐりをするつもりだった。もちろん、わたしのリストのトップにあったのは阿佐谷の「書楽」だ。でも、結局はコロナで日本に行くことができなくなり、贈呈式もキャンセルされた。