イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「ふつうの風邪を恐れよ」。2週間も咳が止まらず、コロナかと思いPCR検査も受けたが、陰性。ただの風邪で寝込むことに――(絵=平松麻)

こんなひどい風邪は引いたことがない

体調が悪い。食中毒の次は風邪である。それも、ものすごくつらい風邪にかかっている。2週間も咳が止まらず、一睡もできない夜もあった。いよいよコロナにかかったか、と思ってPCR検査も受けたが、陰性だった。どうやらただの風邪らしい。しかし、それならどうしてこんなにノンストップで咳が出て、しょっちゅうゴホゴホするせいで腰痛まで起こって歩くことも困難な状況になっているのか。こんな壮絶な症状をもたらす病が単なる風邪のわけがない。絶対に違う。

というようなことをいま英国で考えているのは、どうもわたしだけではないらしい。このところ病気の話ばかり書いているので、この連載じたいが「お達者コラム」か何かになったような感じだが、前回、わたしが書いた推測は当たっていた。「英国はロックダウンが長かったので(中略)免疫が下がっているのかもしれない」という記述である。いまやわたしだけでなく、英国の感染症の専門家たちがメディアでそう言っているのだ。行動規制が解除され、マスクをしている人を見かけることすらレアになった英国では、いまなぜかふつうの風邪が流行しており、「これまでこんなひどい風邪は引いたことがない」と医師に訴える人も少なくないという。

毎年、新学期が始まる9月になると学童や園児の間でふつうの風邪が流行り始めるものだが、今年はこれが例年よりも顕著だそうで、重症化する人が多いらしい。これは、過去18ヵ月の間に複数回行われたロックダウンや、マスク着用の徹底とソーシャル・ディスタンシングのせいで、他者とじかに触れ合うことがなかったせいだという。つまり、われわれの体内にあるさまざまなウイルスに対する免疫力が低下してしまい、以前なら平気だった病気にすぐ感染したり、軽い症状ですんだ病気で寝込むようになってしまったのだ。