「寒いですね」と労わってくれるお兄さん

不思議なことに、それからささやかな幸運が続いているのだ。

まずは、30年以上も家に寄りつかなかった娘が、1ヵ月に一度、台所用品や干ししいたけ、海苔のセット、マスクなどを持参して訪ねてくれるようになった。

「なぜ」と尋ねたら、「あんな薄汚いアパートなんて行きたくなかったよ」と憎らしいことを言う。そう、確かに古くって、ゴキブリもときどきお出ましになっていた。2階の住人が煙で退治しようとすれば、みんなこちらに移動してくる。私は言った。

「そうかい。それは悪かったね。今度のアパートはきれいだからね」

そうなのだ。外見はエーッなんて思うくらい古い建物なのだが、中は清々しいほどきれい。しかも、前のアパートにはなかったエアコンも、ちゃんとついている。この間など、寒波に震えてついに暖房を入れた。なんて幸運なのだろう。

アパートに住んでいるのは6世帯。初めて両隣の住人と顔を合わせた時、「年寄りだけどよろしくね」と頭を下げた。すると若者たちも「こちらこそ」と言ってくれるから嬉しいじゃないか。

若者に会うと、なぜかウキウキするから不思議だ。突然会っても恥ずかしくないように少しはお洒落もしなくちゃ! なんて思ってしまう。77歳のばあさんがこんなことを考えているなんて、お釈迦様もご存じあるまい。

隣のお兄さんは、音楽関係の仕事をしているようだ。壁越しにボロンボロンとギターの音色が聞こえてくる。寝ている夫は、気になるよと顔をしかめるが、私は言ってやるのだ。

「いいじゃん。子守歌代わりになる」