デパートで買った蒲焼きを

すっかり冬模様になったある日、ばったり隣のお兄さんに会った。「寒いですね」と私を労わってくれる。

「お兄さん、風邪などひかないでね」
「おばさん、ありがとうございます」

今時こんな老婆に声をかけてくれる人がいるのだ。私は部屋に入るなり、夫に伝えた。すると「それがどうした」だって。夫も若い女性に少しでも声をかけられたら、ニコニコと一日中機嫌がいいに決まっている。

また、娘がやってきた。今日はなんとデパートで買った蒲焼きを持参。
「ウナギなんて久しぶりだよ」と、私と夫は拍手喝采だ。そして、娘は台所やトイレなどをせっせと掃除してくれる。こちらがちょっと横になりたいなあ、と思っていると、それがわかるのか、「そろそろ」と暇(いとま)を告げるのだ。ありがたい。「来ると騒々しいが、帰ってしまうとさみしいな」と夫。

帰り際にせめて電車賃を、と私が1000円札を出すと、「何よ母さん、今までさんざん世話になったじゃないの」と泣かせることを言う。私は「そうかい」と財布にお札を戻す。そういえば、少し貯えがある頃、いろいろ援助してあげたっけ。

「娘も少しずつ私たちのことを考えてくれているんだな」と夫としみじみ語りあう。白髪頭の老夫婦を見て、親孝行をしなくてはと思ったのかしらね。

これでもかと人には言えぬ苦労をしてきたが、これからはラッキーな人生になるのかもしれない。ささやかだろうけど。


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