いきなりショパンのノクターンを弾けるのか
そう。問題は「本当にそんなことができるのか?」ってことだ。ハノンもやらずにいきなりショパンのノクターンに挑戦して、本当にちゃんと弾けるのか。そんな夢みたいなオイシイことがあっていいのか。
結論から言おう。できるのである。
これは夢でも奇跡でもない。考えてみれば当然のことなのだ。
言うまでもなく基礎練習は大切。ハイハイもできないのに高飛びはできない。でもその基礎練習は、ハノンじゃなくたってできるのである。ハイハイの練習にもなる「弾きたい曲」を探せば良いではないか。
つまりは自分のレベルにみあった、しかも自分が心から弾きたいと思える曲を探してコツコツと練習すれば良いのだ。
そんな都合のいい曲があるのかって? いや自分でやってみてよくわかったんだが、ピアノ曲とは実に星の数ほどあって、易しいけれど腰を抜かすほど美しい曲などいくらでもあるのである。
なのでどんなレベルであれ、曲選びに困ることなんて絶対ない。自分のレベルがよくわからなければ、そのために先生がいるのです。この曲が弾いてみたいんだがどうでしょうかと相談してみよう。きっと喜んで助言をしてくれるに違いありません。
これでたちまちハノン問題解決である。
なーんだ! と思うでしょ?
そうなんですよ。ちょっとした発想の転換である(っていうか全部先生の受け売りです)。でもここは案外非常に大事なポイントだと私は思う。
何しろ悲しいかな、大人のピアノは子供と同じように練習しても子供とは比べようもないほど全く上達しない。つまり子供と同じことをしていたら我らには勝ち目も希望もなく、だから「ハノンから」なんて、子供の頃の記憶を引っ張り出してちゃダメなのだ。
大人には大人ならではの、大人にしかできないピアノの楽しみ方がある。そう、大人のピアノが楽しい理由は、上手いとか下手だとかいうちっぽけなこととは別のところにあるのだ。
……と思わなければやっていられないではないか。
なので皆さん、どうぞ私と一緒に冒険の旅へ! そこにはきっと、子供のピアノよりずっと深く味わい深い世界が待っていると信じて。
※本稿は、『老後とピアノ』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。
『老後とピアノ』(著:稲垣えみ子/ポプラ社)
朝日新聞を退職し、50歳を過ぎて始めたのは、ピアノ。人生後半戦、ずっとやりたくても、できなかったことをやってみる。他人の評価はどうでもいい。エゴを捨て、自分を信じ、「いま」を楽しむことの幸せを、ピアノは教えてくれた。老後を朗らかに生きていくエッセイ集。