下がったからには必ず上がる

そして、第三の転機は、予報どころか、予想もつかないことだった。

――孫ができたことですね。フリーになって2年後に、娘のところに生まれた女の子。今八つです。

赤ん坊のころ、すごいところを見たんですよ。うつ伏せになって這い出す時期が来て、頭が重たくなるとガクンと頭を下げる。で、また頭を上げると前進するんですよ。これは、下がったがために強くなった。下がったからには必ず次は上がるものなんですね。力強い、人間の持ってる意志の力というか。これを孫に教わりましたね。今のままでいいんだよ、と孫に教えられて、フリーになって悩んでた地獄から、天国に救われた気がしましたからね。

そのころストレスでちょっと体調を崩してて、どうしても行かなきゃならない仕事の現場に、うちの奥さんがつき添ってついてきてくれた。そしたらとても気が楽だし幸せだな、と思って、以来ずっとマネージャーもやってもらっています。

以前のイッセーさんには、もっと尖った、シニカルな感じがあったかもしれない。
それが第二、第三の転機を迎え、男としての深みも魅力も、増したようにお見受けした。

――今の時代、人々の情けってものが痩せ細ってきたと思うんですよ。昔は左翼のイデオロギーが活発な時代でも、何かまだ情けがあって、その情けの上にマルクス主義があったような気がする。それが痩せ細って、日本人から情けを引いたら何が残るんだろう。

だから、この間の一人芝居、高速道路に自転車乗り入れて何が悪いの? とか、昔の非常識は今の常識みたいな、ね。それを大笑いして笑い飛ばしたいですね。

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