「コロナ禍で、なんとか気持ちを保てたのは小説を書くという目的があったからかもしれません」(撮影◎長屋和茂)
『あの頃な』は、演出家、脚本家、ラジオパーソナリティとして幅広く活躍するマンボウやしろさんによる初めての短編集。コロナ禍をテーマにしたシチュエーション短編が25本収められている。ラジオの現場でコロナを報道し、リスナーの声を聞き続けたやしろさんが小説に託した思いとは――

ラジオを通して感じた不安や苛立ちの蔓延

小説を書きませんか、というお話をいただいのは2020年1月頃。自信はなかったのですが、書きたいことはうっすらとあったので、挑戦してみますとお返事しました。

しかし、2月頃にコロナが出てきて状況は一変。中国の武漢の様子を映した動画がSNSで流れてきて、「なんだこの地獄絵図は。こんなのが日本に入ってくるの?」と戦慄したのを覚えています。

当時、僕は3本の舞台に関わっていました。そのうち2本はなんとか公演することができたけれど、最後の一本は本番の前日に公演がキャンセルに。エンタメの世界では有名なアーティストさんの公演が次々と中止や延期になり、日常生活も大きく変わっていった。

僕がパーソナリティを務めるラジオの掲示板には、「マスクが店頭から消えてしまった」とか、ドラッグストアやスーパーで働く人からの「タチが悪いお客さんが増えている」といった書き込みが増えて…。

不安や苛立ちがどんどん蔓延していくのを肌で感じましたね。
僕のラジオは月曜から木曜の夕方に放送される、社会人向けの番組。刻々と変わるコロナの状況を把握しておくためにも、1日4~5時間はテレビ、新聞やネットでコロナの最新情報といろいろな方の意見を収集していました。

こんな状況の中で小説を書くことができるのかと考えた時に、どうせコロナを追いかけることになるなら、とことんコロナに向き合った、コロナの短編を書こうと思いついたんです。担当編集の方も快くOKしてくれました。