一日の終わりは背中をかいて「お疲れさん」
しかし、父はどうするかと思ったら、これがまんざらでもなさそうで。
「どしたんなあ」と照れながらも母の手を握って布団から引っ張り出しているのです。そして二人で「おはよう」とごあいさつ。なんだか娘の私が気恥ずかしくなるほどの仲むつまじさです。
母が認知症になって、父と母の距離はぐっと縮まりました。娘としては目のやり場に困りますが、それでも60 年連れ添った人生の最終章にこんなスキンシップが取れるなんて、幸せなことではないでしょうか。
思えば、昔は母が完璧な主婦だったので、父はどこか気(け)おされて遠慮していたところがありました。でも認知症になってほころびを見せてきた妻は、かわいらしく、いとしく思えるのでしょう。頼られていることもうれしそうです。
「わしがおっ母を守らんといけんけん、おっ母より先に死なれんわい」
そう口癖のように言っています。
そして母は、お礼のつもりなのか、一日の終わりに父の背中をかいてあげるようになりました。
母の代わりに家事をやり、「やれ、たいぎいのう」と無防備に背中を向ける父。
「お疲れさんじゃったねえ」とその背中をかいてねぎらう母。
まるでのみ取りをする猿の夫婦だな、と思わず笑ってしまう光景です。