「職場で『ごめんなさい』、保育所の先生に『ごめんなさい』、子どもたちにも『ごめんなさい』。なぜ私は、毎日こんなに謝りながら働いているのだろう、と悩みは深かったですね。」
小児科医である伊藤瑞子さんが、長崎県の離島・対馬の病院に院内保育と病児保育の施設をつくったのは、30年以上前のこと。自身の経験から、育児をしながら働く女性を支える環境づくりに関心を寄せてきた。5年前には、71歳で大学院へ。「育児の共有」をテーマに、修士論文もまとめた。どのような問題もわが身に引き寄せて考える姿勢は、2021年の東京オリンピック開会式で「君が代」を独唱し、『紅白歌合戦』でトリを務めた次女のMISIAさんにも受け継がれているようだ。(構成=福永妙子 撮影=杉本圭)

70代で大学院受験。保護者の方と間違えられる

次女が歌手活動をしていることで、懐かしい方からご連絡があったり、思わぬ出会いの機会も増えました。私たち家族は「MISIAエフェクト」なんて呼んでいるのですが(笑)、3年前の私の修士論文が皆さんの目に留まったのも、まさに「MISIAエフェクト」なんでしょうね。

70代の私がなぜ「育児の共有」を研究テーマに選んだのか。それは働く女性に立ちはだかるさまざまな問題にとどまらず、男女の別なく大切な、仕事と生活をいかに両立させるかという「ワーク・ライフ・バランス」のあり方について、一から学びたいと思っていたからです。

院長を務めていたクリニックを長男が引き継いでくれることになり、週4日勤務となった6年ほど前、近所にある福岡女子大学が行う「男女共同参画と地域活性化のまちづくりアンケート」に調査協力する機会がありました。勉強会に参加したら、社会人大学院生がとても颯爽としていらして。「私もまた学びたい」という意欲がムクムクと湧いてきたんです。

調べると、入学に年齢制限はなし。社会人に向けて、講義も夜の時間帯に設定されています。入試当日は予想通り、校門で守衛さんに止められました。「保護者の方は外でお待ちください」という言葉に「やっぱり」と思いながら、「いえ、私、受験生なんです!」と返す、そんなことにもワクワクして。(笑)