芝居は日常を美しく生きる訓練の場

思えば私は笈田さんの舞台を来日のたびに観ている。『四谷怪談』『春琴』『豊饒の海』……。

笈田さんはオペラの演出も多数手がけているが、日本ではまだあまり多くなくて、『蝶々夫人』と『紫苑物語』くらい。

──はいはい、そうですね。向こうで僕が初めて芝居の演出をしたのが『チベットの死者の書』で、オペラの演出で成功したと思えるのはトーマス・マンが原作の『ヴェニスに死す』です。

死ぬ話ばっかりで、そのころ僕の母親なんかは、どうしてそんな縁起の悪いことばっかりやるの? って言うんですけど、僕は死というのはある意味で生命のオーガニズム、到達点であって、忌み嫌うものじゃないと思ってるんですよ。

笈田さんにとって、第三の転機ってなんでしょうか。これはちょっと予測がつきません。

──それはまぁ、今度の新型コロナですかね。パリは三ヵ月間のロックダウンで、一日に一時間の買い物しか外に出られなかった。僕は一日二回しか食べないけど、二回とも作らなきゃいけない。それよりもっといやだったのは後片づけの洗い物。これには参ったなぁ。

でも一人で黙々と食べるのはつまらないので、友人とテレアペというのをやりました。テレはテレフォンとかテレビジョンで、アペはアペリティフ。つまりテレビ電話の画面を見ながら何か食べて、お互いの食欲を増進させる。そんなことをしてましたね。

面白かったのは、三ヵ月も囚われの身でいると、今、どうしてるかな? って電話をかけたくなる相手もいれば、逆に向こうからかかってくる相手もいる。するとこの人たちが本当の友達なんだということを再認識できる。面白い経験だったと思います。

で、日常生活というものに人は、いかに小さな喜びというものを見逃しているかがわかりました。舞台だと相手との交流にどれだけ心を通わすことに努力してるか、っていうことですね。

お話を伺っていると、役者として丁寧に、生きる味わいを感じながら、大事に人生を送っておられる気がしました。

──そうなんです。芝居をやることは、どうやって日常生活を豊かに美しく生きるかということの訓練の場なんだ、とこのごろ見えてきたんです。