『99年、ありのままに生きて』(著:瀬戸内寂聴/中央公論新社)

自分に忠実に真剣に生きるかということだけに精一杯

昭和21年8月、引き揚げてきて、私たちは故郷の私の里に居候になり、その後、夫の仕事がみつかって親子3人で上京した。その間に、私は恋愛し、家庭を飛び出そうとはかり、周囲になだめられ、一応家庭におさまったかに見えたがもはや、「正常な家庭」をつづけていく自信を失い、昭和23年2月家出してしまった。

そんなわけで私の家庭生活は足かけ6年、満4年という短さで、私のすでに生きてきた55年の歳月の中では実に微々たる比重である。にもかかわらず、私の家庭経験は、今もって私の生活の根源に強い影響を投げつづけている。

私は今もって「離婚した女」であり「家庭並びに夫と子供を棄てた女」であり、「道徳をふみ外した女」であり、「不貞を働いた女」というレッテルをはられても、その通りですという外ない立場にある。すべてそれが真実であるからだ。そしてそれは「家庭」という城に安住し、既成の道徳に守られている主婦たちにとっては、何より正当な攻撃材料になる。

ある時期、私は生れ故郷の徳島へ、陽のあるうちに帰ることを許されないほど、実家にとっては恥しい存在として扱われていた。そういう扱いを故郷の世論が要求したからで、私の実家の人間たちが、心の中ではそれに抵抗を感じながらも、世論に屈していたからである。今、私の実家の前に観光バスが止るという珍現象と、それは同じ思想から生れた表裏の世論の表現であり、私はその両方とも、実に下らないことだと思っている。

私は30年前も今も、一向に根本に於ては変っていない。あの時も今も、如何に自分に忠実に真剣に生きるかということだけに精一杯なのだ。

岡本かの子のことばで、私の好きなのに、「何事にも切れっぱしの情熱で向うな」というのがある。恋愛にも仕事にも房事にも全身全霊でぶつかれということであり、言いかえれば何に対しても「切(せつ)に生きる」という意味であろう。

私はいつでも夢中で生きていて、生活に信念もモットーもないのだ、ふりかえって、わが生涯に無理に筋を通してみれば、「切に生きた」という感慨だけはある。