持っているものを捨てるということ

「家出(いえで )」と「出家(しゅっけ) 」は文字がさかさになっているだけで、字面は同じなのが面白い。しかもその内容たるや端と端である。

「だから私のようにそれらに執着心の薄い人間は、家庭生活に不適格ということになる」。1994年撮影(写真:本社写真部)

同じなのは、そのどれも自分が自身で行わねばならず、他の人では代用がきかないということだろうか。共通なのは一応持っているものを捨てるという点である。

「もの」に執着心の強い人には二つながら出来ない。「もの」は物心両面をさす。家庭に付随する物や財産や心のつながりetc、そのどれにも執着があるのは当然で、執着があるからこそ、それを保ちつづける努力も生じてくるのである。

だから私のようにそれらに執着心の薄い人間は、家庭生活に不適格ということになる。それならなぜ、私が主婦時代、模範的主婦であり得たかといえば、私が自分の、人並よりすべてに執着心が薄いという特異性に気づいていなかったからだろうと思う。

切に生きれば、物事をごまかせない、ごまかしなしには家庭生活はなりたたない。ごまかせない人間は家庭を持つな。それが私の今得た家庭観の三段論法である。