【写真】日本シリーズを制し、胴上げされるヤクルト時代の野村克也監督。神宮球場で。1997年10月23日撮影(写真提供:読売新聞社)

「カーブが来たやろ、カーブが来たやろ」と

1997年のヤクルトは、巨人との開幕戦で5番に起用された小早川毅彦選手が3打席連続本塁打を放ち、相手エースの斎藤雅樹投手を攻略して波に乗った。その年は、野村監督率いるヤクルトがペナントレースを突っ走った。

広島出身でカープのプリンスだった小早川選手は前年、戦力外の宣告を受けて自由契約となった。しかし「このままでは終われない」との思いから低年俸でヤクルトに新天地を求めた。

広島時代はあまり深く考えずに打席に立っていたが、情報重視を徹底する野村監督の姿勢と毎回の充実したミーティングに驚いた。

巨人との開幕戦の前日ミーティングでは、バッターのカウントが、「1ストライク3ボールになれば、斎藤投手は外側からのカーブでストライクを取りにくる」という内容を伝えられた。

ストレート待ちかと思ったが、カーブを待って振った打球はホームランになった。その前後の打席もホームランで3打席連続本塁打を記録した。

ベンチに帰って「監督ばっちりです」と言うと、野村は「カーブが来たやろ、カーブが来たやろ」と嬉しそうに言った。あんまり何度も言うので「打ったのは僕ですよ」と小早川は返したという。