歴史を通じて自分たちを縛る「思い込み」を解きたい

私が作家をめざしたのは小学生の頃で、卒業文集に「小説家になりたい」と書いたのを覚えています。高校生のときには出版社の新人賞へ投稿を始めましたが、なかなか通らず。大学卒業後は新聞社を経てフリーライターに。仕事がとても忙しくも楽しかったので、しばらく小説からは離れていました。

永井さんの小学校の文集。すでに「作家」の言葉が

 

ですがリーマンショックの際に、ライターの仕事が急激になくなってしまいました。出版社や新聞社に営業をかけようと自分の過去の仕事を整理しているときに、「そもそも私は小説家になりたかったんだ!」と思い出したんです。それで小説の執筆を再開し、2010年にデビューすることができました。

今回『女人入眼』で直木賞には初めてのノミネートされたのですが、一報を聞いたときはとにかくびっくりでした。直木賞への憧れはあったので、目指してなかったと言えば嘘になります。でも、具体的に考えたことはありませんでした。今回のノミネートを受けて、自分の発信したことが世間に受け止めてもらえた感覚がありました。あと、編集さんをはじめ、応援してくださっていた書店さんや読者の方々が喜んでくださっているのを見て、改めて「一人で足掻いていたようで、こんなに味方がいてくれたんだ」と嬉しく思っています。

今回、直木賞候補は5人中4人が女性で、芥川賞候補は全員女性。今作の「女人入眼」という言葉が、世の中が男性中心で回っていることの裏返しならば、こういう報道が出るということもまた然り、なのかもしれないとは感じました。

今後の作品について言えば、歴史を通じて「今」の問題を見つめたいというのが、私の創作のテーマです。

今作でも、新旧の価値観の対立であり、強いリーダーシップの影で嘆く人々がいるという、現代でも変わらない問題を描きたかった。

今と過去を行きつ戻りつ描くことで、今を生きる私たちを縛っている「思い込み」を解き、現状をほんの少し楽しいものにする一助となる物語を紡いでいきたい。

そういう作品を書ける作家でいたいと思っています。

歴史を通じて「今」の問題を見つめたいというのが、私の創作のテーマと語る、永井紗耶子さん(撮影:本社 中島正晶)

『女人入眼』(著:永井紗耶子/中央公論新社)

『商う狼』で新田次郎賞をはじめ数多くの文学賞を受賞。
大注目の作家が紡ぐ、知られざる鎌倉時代を生きた女性たちの物語。


「大仏は眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」
建久六年(1195年)。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、それゆえ娘への強い圧力となる政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とは――。
「鎌倉幕府最大の失策」と呼ばれる謎多き事件・大姫入内。
その背後には、政治の実権をめぐる女たちの戦いと、わかり合えない母と娘の物語があった。