「私に腹を括って病と闘う強さを与えてくれたのは、夫や娘の言葉ではなく、存在そのものでした」(生稲さん)撮影:藤澤靖子

それでいて娘は、全摘手術の前に主治医に手紙を託してくれていました。術後に知ったことで、先生は「内容は内緒です」とおっしゃいましたが、娘の思いが心に響きました。

全摘手術を受けたあとに家族で温泉旅行に出かけたときにも嬉しいことがありました。私は、乳房は再建していますが乳頭はないので、やっぱり大浴場に行く気にはなれずにいたのですが、娘が深夜に偵察に行って「今なら誰もいないよ」と知らせてくれたり、人がいても私の胸が隠れる位置に立っていてくれたりしたのです。

いま中学2年生になった娘は反抗期の真っ最中で、私たちはしょっちゅうバトルを繰り広げています。先日、温泉旅行をした折も何かしら反抗したい様子でしたが、大浴場ではやはり絶妙なポジションに立ってくれていました。(笑)

 

家族が寄り添うのに言葉はいらない

現在、私は国の「働き方改革実現会議」における民間議員として、キャリアを失うことを恐れて病のことを話せないまま、仕事と治療の両立に苦しむ人のサポートに取り組んでいます。がんを患う方やご家族を対象にした講演ではさまざまな質問を受けることもありますが、一番多いのは、闘病中の家族にどう声をかけたらいいのか? というものです。

このことに関しては、患者さんの症状や、その方の性格によってケースバイケースだと思います。ですので一概には言えませんが、私自身の率直な気持ちをお伝えするとしたら、「特別な言葉はいらない」ということです。

私は家族と一緒にいるだけで安心して治療に臨むことができました。「死ぬかもしれない」と思ったときでさえ、家族と心がつながっているのだから大丈夫だと自分を勇気づけられたのです。

もっと言えば、「なるようにしかならないのだ」と、開き直ることができた。私に腹を括って病と闘う強さを与えてくれたのは、夫や娘の言葉ではなく、存在そのものでした。