しかし、詰めが甘かったようです。休日に庭の草むしりをしていると、「子どもがいない人は暇でいいね」と頭上から声が。見上げると案の定、例の老婆でした。子どもがいる人だって草むしりくらいするでしょう。草むしりをしないならしないで、きっとそれをネタに嫌みを言ってくるはず。愛想笑いで誤魔化したものの、口元が引きつっているのが自分でもわかりました。
彼女はそれを見抜いたのか上機嫌になり、こんなことを言ってきたのです。「子どもは、まだ?」。続けて「子どもがいないなんて、老後はどうするの? アタシはもうすぐ死ぬんだからいいけどね」と。さすがにその言葉には傷つきました。
そもそも、子どもがいたとしても老後の面倒を見てもらうなんて、申し訳なくて私にはできない。延々と続く嫌みを聞き流しながら考えをめぐらせ、その場をどうにか乗り切りました。
食料品売り場に大声が響き渡り
その後もその人からつきまとわれる日々。いつも私の出勤と同じタイミングで外に出てくるのには驚きました。時間をずらしても会うので、常に聞き耳を立てているのかと勘ぐってしまいます。
わが家の塀から上半身を乗り出し、プチ不法侵入されることもありました。そして、ものすごい剣幕で「ちょっと! そのむしったタンポポ、まさか捨てるんじゃないだろうね。食べられるんだから捨てたらもったいないよ!」と叫ぶのです。
彼女が現れるのは、家の周りだけではありません。スーパーの食料品売り場で野菜を手にとった瞬間、「そんなもん、わざわざ買うなんてお金がもったいない! 自分で栽培しろ」と、大声が響き渡りました。
この人、どこにでも現れるんだなあ。店長とほかのお客さんは青ざめた表情で注視していましたが、当の本人は「知らんがな」とでも言いたげなドヤ顔。こんな人と知り合いだと思われるなんて、想像するだけでも恥ずかしい。「営業妨害」の4文字がテロップのように頭の中を流れていきました。