お嬢様か下町の娘かで声を使い分ける
クラシックのような裏声と、地声に聴こえるミックス・ボイスはそれぞれ、物語によってはキャラクターの階級に結び付いていることもある。上流・中流階級のお嬢様にはクラシック歌唱、下町の貧しい女には地声かミックス・ボイスが当てられる例がしばしば見られる。
その典型例は《レ・ミゼラブル》のコゼットとエポニーヌで、育った環境の異なる二人の少女の対比が発声法にも楽曲の様式にも反映されている。この使い分けは習慣の問題でもあるが、現在のところ、この発声の割り当てが逆になることはない。
男声でも、父性を表す深みのあるクラシック発声があり、若い青年の輝かしい地声発声もある。ミュージカル歌唱が表象するのは声の高さだけではなく、声質と発声法自体が表現となる。そしてそれが作品や役柄に応じて求められるのである。
地声やミックス・ボイスは台詞を語る声に近い。だからこそ普通の話し声に近い歌声で台詞と歌の境目を曖昧にするような歌唱も可能になるのである。アンダースコアを軸とする音楽の存在感が台詞と歌の境目を不明瞭にしたのに加えて、歌う演者自身がその声を使ってそれを目指す。
現場には「語るように歌い、歌うように語る」俳優が出てくるようになった(言うまでもなく、歌えないから語りで済ませるという話ではない)。