呟きも最後列の観客に届ける

今のミュージカル俳優は、歌いながら笑い、泣き、怒り、叫び、苦悩し、囁き、ため息をつける歌唱力が求められる。歌の中であらゆる感情を表現するのはオペラも同じである。

しかしオペラがクラシックの様式化された声ですべてを表現するのに対して、ミュージカルは様々な発声法を使って表現する。そうすると、歌ってはいても台詞による自然な演技に近くなる。地声のように聞こえる高音の歌声としては、ミックス・ボイスと、特に強い地声と言われるベルティングがあるが、これらは裏声で歌うよりも切迫感・悲壮感を出すことができる。

たとえば《レ・ミゼラブル》でエポニーヌが孤独を歌う「オン・マイ・オウン」のクライマックスの「幸せの世界に縁などない」で伸ばす最高音が、裏声で歌われた場合と地声で歌われた場合とでは、観客に伝わるインパクトは大きく異なるだろう。

起伏のある感情はすべて「声として」オーケストラなどの楽器群に負けることなく、客席の最後列にまで届けられなければならない――絶叫だけではなく、ピアニッシモの細い呟きであっても、一番後ろの観客に届かなければ意味を持たない。それが歌唱による演技であり、そのためには声をコントロールする技量が必須となる。